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あくまでも人間らしく

■ 強くなりたい気持ち ■

 武術は、武器もしくは素手を用いて敵を制圧するための技術です。
 戦闘の中で、より合理的に人を傷つけることを目的として磨かれてきた術であり、その達者ともなれば、一般の人には想像もつかないような領域の業(わざ)を修めています。

 その本質は「人を倒す」という一点に集約しており、戦えない武術に価値はありません。いくら心を鍛えるために稽古していると言ったところで、人を倒せなければ本末転倒です。
 争いに強くなり、自分に害を与えようとする輩に負けないための方法が武術なのですから、戦闘における強さを追求することが何より先決です。

 このページをご覧になっている方々も、そういった意味での武術を期待しておられるのだと思います。健康や精神修養だけなら、他にいくらでも方法はありますので。

 もちろん、身体や精神の操作を精密に追求してきた武術には、健康な体や強靱な精神を養うといった側面もあります。無理せず技を練ることで身体は丈夫になっていきますし、技術向上のために繰り返される自己観察は、心の働きを鋭敏にします。
 けれど本音としては、大前提として武技の「強さ」に憧れたのではないですか? 特に男性は。
 我々、煉誠塾の門人も、剣術や柔術といった日本特有の武術を通じて、初心の頃に憧れた強さの高みを目指して日々修練しています。

 ですが、ここでぜひ押さえて頂きたいのは、我々の稽古が武技の向上のみを目的としているわけではない、ということです。敵を倒すための技術を磨くのは大切だけれど、それだけでは絶対にダメなのです。
 先に述べたように、敵を制圧するための技量は必要です。修行者もそれを得るために稽古します。ただ、それに終始してしまっては、修行の奥にある大切な価値を失ってしまいます。

 戦闘者である以前に、人間として魅力的でありたい。

 敵を倒す技術を身につける者だからこそ、それに相応しい品格惻隠の情を身につけなくてはならない。 絶対に「反社会的な危ない人達の集団」であってはならない、と我々は考えています。
 あなたはどう思われますか?

 修行者にとって「強くなりたい。負けたくない」という気持ちは不可欠です。けれど、その感情に任せて稽古する前に、「自分はなぜ強さを求めるのか?」「なぜ負けてはいけないのか?」といった、感情の根本的な誘因を探って頂きたい。
 我々が研鑽している「古流武術」や「武術思想」には、その疑問に対する独特の考え方が備わっています。
 煉誠塾では、「武術を志す意義の追求」といった課題についても、技法の習得と同等に重視すべきであると考えておりますので、このページをご覧になっているあなたにも、ぜひご一考頂きたいと思います。


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